「タンジブル?ソフトウェア教育」で実現する新しい大学の学び
コンピュータサイエンス学部 中村太一 教授
■先生のご研究テーマのひとつ「プロジェクトマネジメント」について教えてください。
これは文部科学省の平成19年度私立大学学術研究高度化推進事業の一環で行っている研究で、私以外にも数名の先生が参加して進めています。「タンジブル?ソフトウェア教育」という大きなキーワードを掲げているのですが、簡単に言うと、顧客の要件を聞き、それを分析?モデル化し、実際にソフトウェアとして構築し、運用できる人材を育てるためのカリキュラム設計と教材開発に取り組んでいます。そのカリキュラムの中に、プロジェクトマネジメント教育を位置づけています。
■「タンジブル?ソフトウェア教育」の研究開発に至った経緯とはどういうものですか?
ひとつは、産業界からの要望というのがあります。もともと実践的なスキルを高める社員教育は、会社内で行われているものですよね。ところが社会における情報システムの高度化や景気の動向によって、会社側の人材育成だけでは追いつかなくなってきているのです。そこで社会に出る前段の大学時代に、もう少し実務教育をしてもらえないかという声が産業界から上がったのです。そこでソフトウェア開発の作業を見えるようにすることで実務を理解してもらう教育を考えました。また、もうひとつの背景として、学生の学習へのモチベーション低下が挙げられます。入学したばかりの学生は、プログラムができるようになれば何でもできると夢を持っている人がほとんどです。しかし現実には、さまざまな勉強が大変だったり、何のためにプログラミングをしているのか分からず、やる気を失う人も少なくありません。そこで、実際に自分でプログラムをつくり、それを動かし、達成感を味わえるような「ものづくりソフトウェア教育」ができないかと考えたわけです。
■実際に、研究の一部が授業に導入されているそうですね。
はい、いくつか取り入れている授業があります。「タンジブル?ソフトウェア教育」の研究には複数のテーマがあるのですが、そのうちのひとつがプロジェクトマネジメントです。システム開発などにおいては、プロジェクトの長であるプロジェクトマネジャー(以下PM)が中心となり、ひとつの開発を進めていきます。そのPMを育てるためのカリキュラムを設計し、一部の授業で実施しているのです。PMは、数学の講義をするような教え方では育てることができません。頭の中では必要な技術を理解できるのかもしれませんが、現場で実際に使えないと意味がないのです。そのため、本学ではPBL(Project Based Learning)という実務教育に適した学習方法を採用し、授業を行っています。PBLには大きく2つの学びがあります。ひとつは実際に手を動かしてシステムをつくるというもの。3年生の前期にある授業「実践システムデザイン技術」がそうです。そして、もうひとつは仮想プロジェクトを設け、ロールプレイしながら学ぶもの。3年生後期の「プロジェクト経営手法」という私が担当する授業がそれにあたります。
■「プロジェクト経営手法」では、どういうことをされているのですか?
具体的には、まず13回ある授業をひとつのプロジェクトと考えます。「ウェルネススポーツ」という仮想の会社があるとして、例えばその会社が周辺のスポーツクラブをどんどん吸収して大きくなってきた。ところがもともと違う会社が運営するスポーツクラブを合併したため、顧客管理がバラバラです。さて、その問題をどうクリアしましょうか? というようなシナリオを私が用意し、2~4名のチームに分かれた学生たちがそれぞれの役割を演じながら開発途中に起こるさまざまな問題を解決していきます。また、この授業ではもうひとつの研究テーマ「教育支援システム」の取り組みも行っています。大きな大学では、どうしても平均的な教育になりがちですが、本来は個人個人に合った教育をするのがベストだと思うんですね。そのためには、学生ひとりひとりが一体どんな能力や特性を持ち、どんな行動をしていのるかを知る必要があります。そこでこの授業では、それぞれの学生がどれくらいの時間をかけて何を実行したかという“行動”のデータをコンピュータシステムで細かくとっています。現在はデータが集まったばかりで、まだひとりひとりに合った教材や教え方をフィードバックする準備ができていません。とはいえ、年内にはせめてチーム単位での分析を行い、各チームに合った学び方を提案できればと思っています。
■PBLを通じて、学生にはどういうことを学んでほしいですか?
ひとつは、プロジェクトマネジメントには正解がいくつもあって、必ずしも1+1=2の世界ではないということです。答えはひとつとは限らないし、決まったものでもありませんから、あまり頭でっかちに考える必要はないんですよね。また、この分野で必要だとよくいわれるのが、経験、勘、度胸、ハッタリ。私としては前のふたつ、経験と勘は間違いなく必要だと感じています。ですから、スケジュールやコストの管理、リスク要因の洗い出しといった知識は当然身に付けてほしいのですが、それだけでなく現場の状況を見ながら、今、何をすべきかバランスよく判断する力も身に付けてほしいと思っています。そういう知識や力を少しでも持ち合わせていれば、実際に企業に入り、PMになるまでの何十年かの間で吸収できるものが違うと思います。例えば、新入社員として何かのプロジェクトに加わったときもそうです。上司から指示さることにどういう意味があるのか、少しは理解できるのではないでしょうか。単なる“やらされ仕事”になるのか、これはこういう意味があるのだなと理解して取り組むのか。その違いは大きいのではないかと思います。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
やはり産業界の要請があったことがはじまりですので、それに応えられる人材を本学から輩出したいです。もちろん輩出して終わりではなく、例えば企業との共同開発や卒業生が大学院に入り、もう一度勉強できるような“流れ”を作ることができればと思っています。また、教育はマンツーマンがベストだと思いますが、それを実現することは容易ではありません。少しでもその理想に大学の学びを近づけることができればと思っています。
[2008年8月取材]
■プロジェクト?システムマネジメント研究室(中村太一研究室)
/info/lab/project/com_science_dep/66.html
?第8回、第9回は9月12日に配信予定です。