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研究?教育紹介

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脳における情報処理のメカニズムを解き明かしたい

コンピュータサイエンス学部 菊池眞之 講師

コンピュータサイエンス学部 菊池眞之 講師

 

■先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

視覚情報処理といって、脳の中の視覚における情報処理のメカニズムを研究しています。中でも最近、力を入れているのが、図地知覚と呼ばれるものです。図形の“図”と、背景を意味する“地”ということです。あるシーンをぱっと見たとき、私たち人間は、どこが物体でどこが背景かを一瞬で知覚しています。それが脳の中でどういうメカニズムで行われているのかということを、神経回路モデルを構成したり心理実験を行ったりして研究しています。

神経回路モデルというのは、この研究室での実験を含むさまざまな心理実験で得られた知見や神経生理学的な知見をもとに、脳の中の神経ネットワークを推定し、それをモデルとして簡潔な形で表現したもののことです。そのモデルをコンピュータ上でシミュレーションし、実際の脳が示す図地知覚に関わる特性と同じような特性が現れるかどうかを調べていきます。
コンピュータ上に人間の図地知覚のような性質を見ることができれば、そのモデルは尤もらしいということになるわけです。また、シミュレーションだけでは検証は不完全ですから、それを通して獲られた神経回路の性質が、今度は実際の脳の中でも確認できるかどうかを心理実験などで検証していきます。

輪郭に対して大域的な図の向きと局所的な図の向きが同じ場合(左)と相反する場合(右)の輪郭知覚のし易さの相違。右は知覚困難。
輪郭に対して大域的な図の向きと局所的な図の向きが同じ場合(左)と
相反する場合(右)の輪郭知覚のし易さの相違。右は知覚困難。

2つのパターン

心理実験にはさまざまな手法がありますが、視覚のメカニズを調べる場合には、非常に単純化されたコンピュータグラフィックスを被験者に見せて、どのように見えたかを調べるという実験方法が良くとられます。例えば、異なる状況で呈示される2つのパターンについて、どちらが大きいかを2択で答えてもらい、主観的に2つが同じ大きさに見えるように一方のサイズを自動調節してゆき、その結果の値と本来のサイズとを比較したりします。
あるいは、見えるか見えないかの低いコントラストの中で小さなグラフィックパターンを被験者に見てもらい、まずそのグラフィックパターンが見えたかどうかを聞き、正答率をはかる実験もあります。正答率が高ければ、さらにコントラストを下げてより見えにくくし、知覚できなくなる限界のコントラストを求めていくというようなことを行います。人間は必ずしも目に映るものを物理的に正確に把握するわけではなく、状況次第では大きさや位置がずれて見えたり、見えるはずのものが見え難くなったり、あるいは逆に見え易くなったりもします。
そういった知覚の性質を定量的に測定することで、脳の中で行われる処理を考えるヒントを得ます。

■では、研究を通して得た新しい発見についてお聞かせください。

視覚情報処理の中では、図地知覚はその中核に位置づけられるものだとわかってきています。例えば、形を認識する機能や物体がどちらの方向にどう動いたかという動きを知覚する機能にも、図地知覚が関係しているとわかってきました。また、物体の輪郭を知覚するメカニズムにも図地知覚が関係しているということを見い出しつつあります。
動きの知覚と図地知覚の関係について話すと、例えば、四角形の物体が回転している場合、私たちはそれが回転していると認識できます。では、その物体の輪郭の一部分だけを1つののぞき窓から見える状態にしてみるとどうでしょう。輪郭の一部の線がのぞき窓を行ったり来たりするだけで、回転には見えないはずです。ところが、のぞき穴を複数にし、複数の輪郭の一部が見えるようにしてみると、今度は回転しているように見えます。これは運動統合と呼ばれるもので、運動物体のいくつかの箇所の動きだけをもとに、物体全体の動きを復元するプロセスのことです。ところで私たちはふたつの目でものを見ていますが、左右の目のついている位置が違うことから、網膜に移る像の位置に食い違いが出ます。その食い違いによって、奥行きを知覚しているのです。この両眼視差によって定まる図地関係を、先程の運動する物体の輪郭に対してあえてちぐはぐに設定して心理実験を行ってみたところ、運動統合しにくいということが明らかになりました。つまり動きの知覚と図地知覚が関係しているとわかったのです。それらはこれまで別々の視覚機能とみなされてきていたので、新しい発見と言えます。

■先生が脳科学や視覚科学に興味を持ったきっかけとは? またその面白さとは?

私は中学1年生の頃からコンピュータに興味を持っていて、いろいろなプログラムを組んでゲームをつくって遊んでいました。でもそのうちコンピュータでできることが限られてきて、なんだかつまらないなと思うようになって(笑)。もっと面白いものはないのかと、ずっと考えていました。
また高校時代には、漠然と並列情報処理ができるコンピュータをつくりたいという夢を持っていたのです。そんなときに、脳に関する本を読む機会があって。脳は超並列処理で、100億個ともいわれる神経細胞を同時に動かすことで情報処理を行っていると知り、コンピュータとはまったく原理が違っていて面白そうだなと思ったのです。

脳は非常に賢くて、その情報処理はものすごく柔軟です。既存のコンピュータは、プログラマーが細かくプログラミングしたことを忠実に実行するだけです。もし少しでもそこに書かれていることと違うことが起きたら、それにはまったく対処できません。しかし脳はいろいろな状況に対して柔軟に対処できる情報処理システムになっています。
ひとつひとつの細胞は、ミリセカンド(1000分の1秒)のオーダーで動きますから、コンピュータの処理速度よりもかなり遅いです。それでも同時並列処理を行うことで、コンピュータよりもっともっと速く、認知が成立するんですよね。なぜそんなシステムが勝手にできたのだろうかということを考えると、非常に神秘的です。
また、それができあがるまでのプロセスはもちろん、できあがったものがどういうものなのかは、未だによくわかっていません。しかも、それが私たち自身にとって非常に身近なところにあるものだったりする。ですから「一体これは何なのだ?」というところが面白いんですよね。研究者として社会の役に立ちたいという思いはありますが、それ以前に、やはり未知のものを知りたいという気持ちが研究の大きな原動力になっているのだと思います。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

図地知覚の研究を進めることはもちろんですが、ゆくゆくは人が思ったことを脳計測機器で読み取り、コンピュータに情報を入力するような「BCI(Brain-Computer-Interface)」という分野も扱っていきたいと思っています。例えば、念じるだけで脳内の電気信号をキャッチして車椅子やロボットを制御するということが国内でもすでに行われています。そういう研究を我々の視覚科学の研究成果と結びつけて、何かできないかと考えています。この分野の研究については、つい最近取り組み始めたところなので、これから成果を出していきたいですね。

また、既存の脳研究の方法論に捕らわれない、新しい研究や実験の手法も打ち出していけたらと思っています。例えば、これまで神経回路モデルをつくるときは、研究者の長年の勘とひらめきに頼ることがほとんどでした。しかし、研究者が思いつかないような情報処理の方法を脳がとっている可能性も十二分にあるわけです。もしそうならば、私たちが思いつく範囲で考えていても、なかなか脳の本質を掴むことは難しいですよね。ですからコンピュータを使って、自動的にさまざまなモデルを生成させ、それぞれのモデルにどういう特性があるのか、その特性は実際の脳の特性と近いのかどうかを吟味できるような研究手法を立ち上げようと考えています。心理実験についても同様で、一網打尽にいろんな知見を捉えられるような新しい実験手法を開発できればと思っています。
[2010年1月取材]

■視覚情報学研究室(菊池研究室)
/info/lab/project/com_science_spc/53.html

?次回は3月12日に配信予定です。

2010年2月12日掲出