「バイオセンサーの研究成果を応用して、いつか生物の営みそのものを見られる研究に挑戦したい」
応用生物学部 秋元卓央 准教授
抗体や酵素を用いた、医療分野で役立つバイオセンサーの開発などに取り組んでいる秋元先生。今回は、研究室で扱っている代表的な研究をピックアップし、その具体的な内容について語っていただきました。
■先生のご研究について教えてください。
いくつか取り組んでいる研究がありますが、今日はそのうちの二つを取り上げて、お話ししましょう。ひとつは、「血液中のタンパク質を測定するバイオセンサー」の開発があります。今、病院の血液検査では、本当にいろいろなことが調べられるようになってきています。例えば、○○ガンを患っている可能性があるというように、どこのガンかまでも特定できるようになっています。また最近では、お腹が出ていなくても、メタボリックシンドロームの傾向があるとか、お酒の飲みすぎで肝臓が悪くなっているといった体の状態も血液検査ではっきりわかるようになっています。なぜそれがわかるのかというと、検査では血液中のタンパク質を見ていて、あるタンパク質が多いと、この病気の可能性があるということが言えるからです。血液中のタンパク質の種類はいくつもあって、それを調べると、病気を治すことはできなくても、自分がどれくらい健康かすぐにわかるようになっています。私の研究室では、そうした血液中のタンパク質を簡単に計測できるバイオセンサーを開発し、理想としては血液検査を病院ではなく自宅で、なおかつ自分で手軽に行えるようにしたいと思って、取り組んでいます。
今、実際に研究室で扱っているのは、ガンマGTPというお酒を飲み過ぎたり脂肪肝になったりすると出てくるタンパク質です。これを検出する、抗体を使ったバイオセンサーを開発しています。どういうものかというと、ガラスの基板の上にAg(銀)を重ね、その上にAl2O3という、いわゆるサファイアガラスを重ねて、「積層構造基板」をつくります。この基板の表面に、ガンマGTPに反応する抗体をくっつけたものが、この研究室で開発したバイオセンサーです。抗体というのは、私たち人間や動物の体内に異物が入って来ると、防御反応としてつくり出すタンパク質のことです。このバイオセンサーに血液をたらして、血液中にガンマGTPがあると、それと抗体とが反応して基板上で結合します。ただ、タンパク質は非常に小さく、色もないので、そのままでは反応を見ることはできません。そこで反応したことがよくわかるように、抗体に光る物質をつけておきます。ガンマGTPがあれば反応して光り、なければ光らないということになります。私はこの基板を使って、少量のタンパク質でも感度良く反応させ、より見えやすくするにはどういう工夫が必要かということに重きを置いて研究しています。
■この研究は、今、どのくらい進んでいるのですか?
基板の素材については、どういうものを使えば良いかがすでにわかっています。今は抗体を基板上に固定化して、実際に血液を測ることに挑んでいるところです。また、検出方法でわかってきたことは、基板に偏光という特殊な光を当てると、基板上でガンマGTPと抗体が反応して蛍光するときに、より明るく見えるということです。その偏光には縦向きの光の波と横向きの光の波があるのですが、横向きのほうが明るくなるとわかりました。
■では、もうひとつの研究について教えてください。
大腸菌を使って、河川の水や土の中にある汚染物質の検出に取り組んでいます。汚染物質といってもさまざまな種類があって、ここで扱っているのは、変異原物質というものです。これは何か特定の物質を指すものではなく、例えばホルムアルデヒドやベンゼン、ベンゾピレンなど、生物の体内に入ると、DNAなどを傷つけてしまう物質の総称です。それらが含まれているかどうかを測定するものをつくっています。どういう仕組みかというと、大腸菌を少し遺伝子操作して、その体内に変異原物質が入るとGFPという光るタンパク質を体から出すようにします。GFPというのは、2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩先生が発見された緑色に蛍光するオワンクラゲのタンパク質のことです。調べたい水の中にこの遺伝子操作をした大腸菌を入れて緑色に光れば、変異原物質が入っているから危険だとわかるのです。
■遺伝子操作した大腸菌がどんな変異原物質にも反応するということは、変異原物質に共通する何かがあるということですか?
それぞれの変異原物質の形や構造には、ほぼ共通性はありません。では大腸菌が何に反応して光っているのかというと、変異原物質が大腸菌の体内に入ったとき、なんらかの形で大腸菌の遺伝子が切れたり、傷ついたりしたとしますよね。そうすると生き物は、それを修復しようとします。つまりベンゾピレンやベンゼン、ホルムアルデヒドなどが体内に入り、遺伝子を傷つけられた大腸菌は、それを修復しようと防御機能を働かせます。先ほど大腸菌の遺伝子を少し操作するといったのは、その防御機能が働いたときに「働きましたよ」と光るようにしたということです。ですから、変異原物質の濃度に対して大腸菌が光るのではなく、変異原物質で傷つけられた自分の遺伝子を修復しようという体の働きによって光っているのです。
この研究は、実は世界中で取り組まれていて、競争になっています。研究者によって方法はさまざまで、どう感度良く光らせるか、少量の変異原物質でも明るく光るようにするにはどうすれば良いか、そのためには大腸菌のどこの遺伝子を操作すれば良いかといったことが考えられています。私としては、最初にお話しした積層構造基板の上に抗体ではなく大腸菌をのせて、川の水をたらすと変異原物質の有無がわかるというものをつくろうと取り組んでいます。大腸菌自体の光る量は同じでも、この基板上で光らせることができたほうが、より感度よく見えるはずですから。ただ大腸菌はタンパク質に比べて大きいので、なかなか難しいです。今はそれをどうクリアしようかと考えているところです。
■先生がこの分野の研究を始めたきっかけとは? また研究の面白さとは?
大学の学部時代は物理を専攻していて、大学院でも物理を学ぼうと考えていました。ところがちょうどその頃に、母親が入院するという経験をして。それを機に生物という分野が社会に直接的に役立っているのだと知って、大学院から生物の分野を研究するようになりました。研究の面白さはいろいろありますが、ひとつは学会へ出席したり、さまざまな先生と話したりして、自分に知識がついていくことが非常に楽しいです。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
今の研究を成功させたいというのは、もちろんあります。あとは積層構造基板に偏光を当てて光を検出するという方法を他に応用できないかと考えています。医療とは関係なくなりますが、最近は細胞の中のタンパク質がどんなふうにうごめいているのか、見えるようになってきています。そういうことに私の研究も応用したいと思っています。積層構造基板と偏光を使って、血液中ではなく細胞中で、注目するタンパク質がどううごめいているのかを捉えるとか、DNAが複製されていく様子を見るとか、そういう生物の営みそのものを見られるようにする研究に将来的には挑戦したいですね。
[2010年12月取材]
■バイオセンサー(秋元卓央)研究室
/info/lab/project/bio/dep.html?id=15
?次回は3月11日に配信予定です。
2011年2月11日掲出