「楽しみながら遊びながら誰もが表現を生み出せる、そんな体験型インスタレーションをつくっていきたい」
デザイン学部 松村誠一郎 准教授
参加し、見て、聴いて、触れて、楽しむ。そんなインタラクティブアートを音や映像でつくりだす松村先生。今回は、来場者数のべ5万人超えを記録した大分市美術館?特別展「ようこそ魔法の美術館 親子で楽しむ光のアート」での展示作品や作品づくりをはじめたきっかけについてお話しいただきました。
■先生の作品について教えてください。
代表的なものでは、2010年7月16日から8月末までの1ヶ月半、大分市美術館の特別展で展示した「Hop Step Junk」という作品があります。これは、天井から床にプロジェクターでグラフィック映像を投影し、その画面の両側に設置した踏み台のうえで足踏みをして音を立てると、その音が3秒間ほど録音され、ループ再生されるというものです。単に録音した足音を再生するだけでなく、エフェクトをかけてちょっと変わった音で出力することもあります。また、グラフィック映像は音に反応して色や模様が変わるようになっていて、そのパターンは4つ、1分間隔で変わっていきます。例えばあるパターンは踏み台を強く踏んだときほど明るい色で表現されます。作品の体験者は音だけでなく視覚的にもリズムの軌跡を確認することができます。この作品の狙いは、体験者が自由に立てた足音を繰り返し再生するだけで、足音のつくり出すリズムを感じることができるという点です。音楽をつくるには、楽器を演奏するテクニックや練習が必要ですが、このインスタレーションでは、例えば子どもがパタパタと足音を立てただけでリズムっぽいものをつくることができます。そういう“人と音との関係”を見直す場をテクノロジーの力を使ってつくってみようと取り組んだものです。
■この作品を通して、どんな成果がありましたか?
もともとこの作品は2004年に制作したもので、展示は神奈川県川崎市の市民ギャラリーが最初でした。当時、私自身がオランダに留学していたこともあって、オランダやフランスなどの海外でも展示をしました。展示を重ねるなかで、例えば映像のパターンは何分間隔で変えるのが最適なのか、ループ再生の時間がどれくらいが良いのかというようなことがわかってきました。こうしたインタラクティブな作品の展示では、作る側が期待するほど長時間は体験者に遊んでもらえないことが多いので、短時間でもひと通りのコンテンツを楽しめるように作る必要があります。そのため、現場で体験者の遊んでいる様子や展示状況を観察し、映像のパターンが変わる時間を長くしたり短くしたりと試行錯誤を繰り返し、最終的には1分間隔という時間を設定するに至りました。先ほど3秒以内の音を録音してループ再生させると話しましたが、この“3秒”という時間間隔も展示現場での観察を通してわかったことです。また、この“3秒以内”について調べたところ、心理学の分野で面白い実験結果と定義が見つかりました。時間軸上で人が何か複数の音のイベントをひとかたまりのものだと認識しやすいのは、最大3秒間までで、これを「時間的現在」と言うのだそうです。つまり単なる足音も3秒以内にまとまって存在すれば「これはなにかのリズムだ」と認識しやすいと言えます。こうした展示現場での観察とアカデミックな裏付けが得られたことは大きな収穫でした。また、展示する国の人々の反応にも国民性の違いがあって面白かったですね。例えば、日本ではやんちゃに飛び跳ねる子供とそれを注意する親という光景が多かったのですが、フランスでは親やおじいさんおばあさんが真っ先に足踏みを始めるケースが多かったのが印象的でした。
■最近、協力されたというダンサー?森山開次さんの展覧会についてもお聞かせください。
この展覧会では、踊っている森山さんを前後左右から同時撮影した映像を箱型のスクリーンにリアプロジェクションで投影するというインスタレーションの制作をお手伝いしました。撮影は映像作家でコトリフィルムの島田大介さんが担当しています。私が手がけたのは、それら前後左右の4つの映像を箱の側面である4画面にシンクロさせて映すシステムの制作、画面の前に人が立つと、映像が曲がったり色が変化したりするインタラクティブな映像エフェクトシステムの制作、そしてサウンドデザインの3つです。このインスタレーションのテーマは「存在と不在」でした。そこに森山さんはいないけれど存在感が感じられる、だけどその存在感が時々希薄になって消えてしまったりする。そういう曖昧な存在感を表現するために、来場者がスクリーンの前に立つと赤外線カメラが認識し、映像にエフェクトがかかるという仕組みになっています。逆に存在感を強めるために重要だったのは、映像とともに流れる森山さんの息づかいや動作音の”音のデザイン”です。これは実際に森山さんが踊っているときに録音したものではなく、後から映像に合わせてアフレコ録音したものを細かく編集して使いました。映像を撮影したとき、森山さんは音楽をかけながら踊っていたのですが、森山さんの息づかいや動作音がものすごく音楽的に感じられたので、展示には身体の動作音を中心に使おうということになりました。ゲームなどに音をつけるときもそうですが、実際よりかなりオーバーに音をつけないと、プレーヤーや鑑賞者は動作音だとわかりません。その辺に配慮しながらサウンドデザインをしました。
■先生がこうした作品をつくるきっかけとは、何だったのですか?
大学卒業後、ゲーム会社でゲームセンター向けのアーケードゲームのサウンドデザインを担当していました。7年ほど勤めましたが、長くゲーム制作に携わっているうちに、だんだんと“競わない遊び場”をつくりたいと思うようになっていきました。最近はゲームの形もかなり変わりましたが、当時はビデオゲームの多くは競うものが中心でした。レースゲームは速さを、ガンシューティングゲームは得点を、パズルゲームはパズルを解くまでの時間を競いますよね。そういう“競う”という要素は、ゲームには非常に重要なのですが、逆に”競わない”遊び場というものをテクノロジーでつくったら面白いのではないかと思うようになりました。当時はコンピュータ技術の変革の時期で、個人でもコンピュータが持てるようになってきていました。私自身もMacを買って触っているうちに、音を軸に何か個人制作ができるかもしれないと思うようになりました。そこで大学院へ入って作品制作と研究を始め、今に至ります。
■では、授業ではどんなことを教えているのですか?
『コンピュータリテラシーⅡ』という1年生後期の授業を担当しています。2年生から『スキル演習』というコンピュータをバリバリ使う演習が始まるので、それにスムーズに入れるように橋渡しをする授業です。内容は、例えばAdobe Photoshop Elementsを使って画像加工をしたり、iMovieで映像編集をして15秒の映像作品をつくったり、ウェブ制作を経験したりして、操作や概念に慣れてもらいます。学生の多くは今までにコンピュータに触れたことが少ないので、何かと不安がったり怖がったりしがちです。ですから、ひと通りMacを使った制作を体験することで、コンピュータそのものに慣れることを目標としています。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
作品に関しては、最初にお話しした「Hop Step Junk」のように、“できないことができるようになる”という部分で、楽しみながら遊びながら何かできる遊び場をつくりたいと思っています。例えば、パソコンを使って何かを表現するには、本来はいろいろと勉強をしなくてはなりません。しかし、体験する人が特別な勉強をしなくても何か表現を生み出せる環境がある、そんな体験型のインスタレーションをつくっていきたいですね。また、学生には熱中できる何かを見つけて、すぐに熱中状態になることができる人になってほしいと願っています。私は制作活動を始めると、周囲の音は聞こえないし、ご飯を食べることさえ忘れたりするときが結構あります(笑)。そこまでいくと健康を害する恐れがあるので問題ですが、熱中モードに入って取り組めるということは時間を有効に使えますし、自分自身が楽しいものです。それに「これは絶対無理だ!」と思うような難問が出てきても、集中して考えているうちに、ぱっと解決策がひらめいて次に進めることがあります。その”ひらめき感覚”がものづくりの醍醐味だと思います。その感覚を学生にも早く味わってもらいたいですね。
[2011年1月取材]
■Low Tech ism(松村誠一郎 准教授独自ページ)
http://www.low-tech-ism.com/
■デザイン学部
/gakubu/design/index.html
?次回は4月8日に配信予定です。
2011年3月11日掲出