「ものづくりに欠かせない“なぜ”という意識を持って、新しい音楽や表現を生み出そう。」
メディア学部 伊藤謙一郎 准教授
音楽理論の専門家であり、現代音楽の作曲家でもある伊藤先生は、メディア学部の特長的な教育のひとつ“プロジェクト演習”に開講当初から携わってこられました。そうした経緯から、今回はプロジェクト演習の概要や先生が担当するプロジェクトの詳細について伺いました。
■メディア学部の教育の特長である“プロジェクト演習”とは、どんなものですか?
プロジェクト演習は、いわゆる“授業”とは少し違っていて、メディア学部の各教員がそれぞれの専門性を発揮し、自由に展開できるプロジェクトベースの演習です。ある程度の内容は決っていますが、その中で教員はかなり自由に教えることができます。また、必修科目ではないので、学生は自主性を持って参加することになります。現在は、私を含めて11名の教員が、37のプロジェクトを展開しています。元々この演習は、音楽や映像など、メディア学部で「表現系」とよばれる分野で、1年次の早い段階から経験や才能のある学生を選抜し、学校の授業とは別で専門教育を施すことを目的に開講されたものでした。しかし2005年に文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に選定されたことや、受講を希望する学生が増えてきたこともあって、表現系以外を専門とする先生方も加わり、今のような多様なプロジェクトが提供されるようになったのです。現在はメディア学部の学生の半数近くが、いずれかのプロジェクト演習を履修しています。私が担当しているプロジェクトは、割と小ぢんまりしていて学内にとどまっていますが、他のプロジェクトでは東京ゲームショウに出品したり、対外的な活動に積極的に繰り出したりしているところもあります。ですから、今では本来ある科目と同じくらい重要なものという位置づけになっていますね。
■先生が担当しているプロジェクト演習についてお聞かせください。
私は作曲や音楽理論が専門なので、担当している6つのプロジェクト演習もそれに関するものです。例えば「和声」というプロジェクト演習では、クラシック音楽の理論を扱っています。これは、楽典など音楽の基本がわかっている学生を対象としたものです。また、もう少しポピュラー系音楽の理論をということで、「ジャズ?ハーモニー」というジャズの理論を学ぶものもあります。また「ソルフェージュ」は、音感を高めることを目的としたプロジェクトです。ある音を聴いて、それがどの音かわかるという人の力を伸ばすためのものです。ですから、今挙げた3つのプロジェクト演習は、基本的にある程度、音楽の知識があることを前提として、学生を選抜しています。これらのプロジェクトは、ものづくりではなく、学生自身の音楽の能力を伸ばすことが狙いです。一方、理論だけでなく、実際に手を動かして、音をつくることを経験してもらおうと開講したのが、「ディジタル?サウンド?リテラシー」というコンピュータを用いたプロジェクト演習です。メディア学部の学生は、普段からコンピュータに慣れ親しんでいますし、彼らが聴いている多くの音には、コンピュータが関わっています。そういう音がどうつくられているのか、音そのものを扱い、幅広く捉えていきます。具体的には、シンセサイザーを使って、自分たちで音を出したりつくったりしながら、音に触れていきます。これら4つのプロジェクト演習に加えて、今年の4月からは新たに2つのプロジェクトを立ち上げました。「オリジナルミュージックコンポジション」と「楽曲分析」です。
■新たに始まったプロジェクト演習は、どういう内容ですか?
「オリジナルミュージックコンポジション」は、音楽をつくっても演奏しても良いし、何かを演じたり踊ったりしても良いという、何でもありの内容です。学生が何かを表現し、それを学生同士で観て、ディスカッションし、“表現するとはどういうことか”という根本的な部分を、みんなで考えていこうというものです。例えば、エレキギターをかき鳴らした学生に、「なぜ、そう弾いたのか?」を話してもらいます。なんとなく弾いたというのではなく、“なぜ”そういう音を出したのかとか、“なぜ”そういう動きをしたのかという部分を掘り下げて、音楽に限らず、表現のいろいろな可能性を探っていきます。
「楽曲分析」も同様で、学生に音に対するさまざまな経験をしてもらい、“なぜ”を追究していくプロジェクト演習です。通常、音楽における分析というと、楽典や和声など音楽理論の知識が必要とされるのですが、ここではそういうものは使いません。もっと漠然としていて良いので、ある曲を聞いて、なぜこの曲がこうつくられたのか、なぜこの楽器から別の楽器へと変わったのか、というような作者の意図や表現の狙いについて、学生同士で議論し合っていきます。ですから正解があるわけではないのです。しかし、他の意見を聞くことで、自分とは違ったものの見方を発見することができます。
■新しいプロジェクト演習を設けた背景とは?
「和声」や「ジャズ?ハーモニー」「ソルフェージュ」は、選抜された学生が受講していると、先ほどお話ししましたね。もちろんこれらの学びには、基礎知識が必要となるので、それを身につけていることを前提としているのですが、一方で、その方法だけでは、指導すれば伸びるような音楽の能力を持っている学生を取りこぼしている可能性もあるわけです。楽器を弾いたこともなければ、楽譜も読めないけれど、音楽が好きという学生もいます。ですから何か刺激を与えると、伸びるような学生がもっといるのではないかと考えて。そこで選抜をせず、予備知識も不問のプロジェクトを立ち上げたのです。
■プロジェクト演習を通して、学生にどんなことを身につけてほしいですか?
音楽に限らず、どの分野でも第一線で活躍するには、自分が“なぜ”つくるのか、“なぜ”そうつくったのかという意識を持たなければならないと思います。今は、コンピュータを使えば、クオリティは別として、誰でも音楽をつくることができます。けれども作品をつくる、ものをつくるといった場合、「なんとなく、できてしまった」というのでは困ります。やはり自分なりのアイデアや意図を持ってほしいのです。せっかく大学で学ぶのですから、私としては、ものや曲をつくるというところで、何を考えなくてはならないかという根本的な部分を伝えたい気持ちがあります。また、私は音楽理論を教えていますが、理論を学んでから作曲するということを強くは勧めてはいません。もちろん、理論を知っていれば、それを軸にして自分の視野を広げることができます。また、“普通はこうするもの”という一般的な基準を知っていながら、そこから敢えて逸脱して独自の表現を模索する選択もできるでしょう。しかし誤解を恐れずに言えば、理論を知らなくても作曲はできます。それより、何も知らなくても、曲をつくったときに、なぜその音を選んだのかということを学生に自覚してもらう方が大切だと思います。ですから学生には、まず“考える”ことをしてほしいですね。
■最後に展望をお聞かせください。
私が担当するプロジェクト演習では、これまで発表したり、対外的にアピールしたりすることがなかったので、今後は学校を飛び出して、学生に発表するチャンスを与えたいと思っています。そういう機会や場を提供したいのですが、まだ具体的ではありません。特に新しく立ち上げた「オリジナルミュージックコンポジション」と「楽曲分析」を発展させて、パフォーマンスなども含めた、メディア学部ならではの音楽表現をつくっていけたらと思っています。もちろん音楽理論の方も並行して行っていきますが。こういう教育をしている大学は、音楽大学にもありませんから、何かメディア学部らしさというものを表現したいですね。本学は、いろいろな専門分野や領域があって、それらが手をつないで、新しい表現を生み出す可能性を持っている大学ですから。
[2011年6月取材]
■コンテンツ音楽制作プロジェクト
/info/lab/project/media_spc/113.html
?次回は8月12日に配信予定です。
2011年7月8日掲出