「ちょっとした気づきや日々を気持ち良く過ごせるきっかけを与えられるような作品をつくっていきたい」
デザイン学部 酒井正 講師
石、金属、布、紙など、さまざまな素材で立体作品を制作している酒井先生。今回は、先生の代表的な作品と、授業での取り組みについてお話しいただきました。
■これまでに、先生が手がけてきた作品について教えてください。
私は立体造形を専門としていて、特に素材を限定せずに作品制作に取り組んでいます。基本的に何かをつくるときは、それに合った素材を選んで制作するスタイルをとっているので、作品はかなり多岐にわたっています。例えば「ゆるっと ゆるっと」と名付けた石の作品。これは福島県須賀川市で行われた「石の彫刻フェスティバルinすかがわ」(2004年)で制作したもので、今は同市の「石の彫刻の森」(翠ヶ丘公園)に設置されています。このときは、最初から江持石(えもちいし)という地元の素材を使ってつくると決まっていたので、そのつもりでコンセプトを練り上げていきました。私の作品は、抽象と具象の中間をいくようなものが多くて、作品を観た人がそこから何か想像を膨らませられるものを意識して制作しています。ですからこの作品の場合も、足が四本あるけれど、どっちが頭かわからないし、動物が歩いているふうには見えるけれど、どういう動物かはわからないし、どっちに行くのかわからない??。というようなところから、観た人に自由に想像してもらえればと思ってつくりました。
■逆にコンセプトから素材を選んだという作品には、どのようなものがありますか?
「芽」という作品がそうですね。アルミニウムでできたジャガイモで、芽の部分はLEDで表現しています。北海道で開かれた環境芸術学会「どこでもアート展」(2005年)で発表した作品で、作品展自体に「空気、光、大地」というテーマがありました。そこで北海道の代表的な作物である、ジャガイモをモチーフにしました。私自身ジャガイモがだいすきなんです。そしてずっと観察しているとジャガイモそのものに毒はないのに、そこから出てきた芽には毒があるということが、非常に不思議に感じてきて。それにジャガイモの芽は、取ってもすぐに出てきますよね? それが私には生命力の塊みたいに映ったんです。そんな生命力の象徴みたいなものに毒があるなんて、すごく面白いなと。そういう自分が気づいた面白さを、作品を通して人に伝えたいと思って制作しました。アルミニウムという素材を選んだ理由は、ジャガイモの土っぽさをなくして、金属の力強さを残したかったからです。また、LEDの形がちょうどジャガイモの芽に似ていたので、出てきた芽をLEDにして光らせることで、生命力と毒という部分を表現しています。
■作品全体で、何か一貫したテーマがあるのでしょうか?
例えば、昨年末、空気のわずかな動きを感じ取って動く「rotate」という作品をつくりました。部屋の中に人間がいれば、必ず空気の対流が起きているのですが、それってなかなか気づきませんよね。そういう気づかないことに、作品によって気づいてもらうというのが、この作品のテーマだったのですが、それは私のどの作品にも共通するテーマだと言えます。「芽」という作品でも、私自身は気づいているけど、みんなは気づいていないことを伝えたかったわけです。ただ、こういう考え方は、いわゆる芸術家とはちょっと違っていると思います。芸術家は、もっと内の中に秘めたものを自己表現として出していく部分があるのですが、私の場合、作品はコミュニケーションのツールというかんじです。言葉と言葉でもコミュニケーションはとれますが、作品という目に見えるものがあると、より言葉ではない部分が伝わるのではないかと思っています。
■では、先生が担当されている授業「感性演習Ⅱ(つくる)」について教えてください。
立体造形と空間造形に対する感性を磨き、伸ばすことが目的の授業ですが、ここにも私の制作スタイルが影響していて、学生には素材を限定しないで“つくる”という取り組みをしてもらっています。前半の課題は「白い立体」です。色を「白」に限定する以外は、テーマも素材も自由という個人ワークです。なぜ色を「白」にするかというと、そうすることで、ものの陰影や質感といった細部が見えてくるからです。例えば、白いツルツルの素材と白いザラザラの素材では、同じように見えても印象は全く違いますよね。そんな視覚だけど、触覚的に対象を捉えることが大切だと思います。色彩がついているせいで、それが邪魔して細部まで見えてこないものでも、白くした途端に見えやすくなることがあります。今、身近にあるものでも、一度、真っ白にして見てみる。そんなふうに造形を深く“視る”癖をつけてもらいたいのです。アイデアや発想力も大事ですが、やはり常日頃、どれだけじっくりものを視ているかが、表現につながります。また、そういう観察の仕方を始めると、ものごとが面白く見えてきます。その辺りも学生に気づいてほしいところです。
後半の課題では、グループに分かれて「白い空間」を制作します。デザイン学部のコンセプトには、一人のアーティストを育てるのではなく、グループワークの中で自分の個性を発揮でき、なおかつ相手の個性も発揮させることができる人を育てるというものがあります。ですからこの授業も、6~7人のグループでひとつのものをつくる経験をします。一辺が400mmの空間の中で表現しますが、空間の中の縮尺は各グループ自由です。また、ここでも色は「白」に限定し、空間の中に人物模型を必ず入れるというルールを設けています。立体造形の場合、外側からものを見てつくっていきますが、空間の場合は中からの視点でつくっていかなくてはなりません。そういう違いを経験してもらおうと、立体と空間を対にした授業構成にしています。また、このグループワークでは、いかに組織としてうまく仕事を進めていくかということも経験できるように考えています。グループでは、リーダー、副リーダー、報告係を選出し、さらにそれ以外のメンバーも何かしら自分たちで係をつくって担当するようにしてもらいます。例えば、休んでいる人に連絡を入れる連絡係や、チームが停滞しているときに盛り上げる勢い係みたいなものでも構いません。そんなふうにチームを結束させる工夫を、学生自身に考えてもらいます。というのも、目的に向かって物事を上手く進めるには、やはり工夫が必要だからです。ものをつくるだけがクリエイティブなことではなく、クリエイティブな作業をするためにどうしたら良いかを考えることも大切なことですからね。
■授業を通して、学生にはどんなことを身につけてほしいですか?
私としては「感性教育Ⅱ(つくる)」は、修行みたいなものだと感じています。先生からは何も教えられず、自ら突っ込んでいかないと面白くならないという授業ですから。つくる面白さは教員が教えられるものではないので、学生自身が体感するしかありません。デザインは、自分でいろいろな要素で構成されている物事を考えて、そこから自分なりに答えを出していく世界ですから、それができるようになるための基礎力を養うには、こうした主体性を求められる学びが必要だと思います。育った環境や時代の影響が多分にあると思いますが、学生はすぐに正解を求めてしまうところがあります。アイデアに対して「どちらが良いですか?」と聞いてくることもあるのですが、実はアイデアの段階では、良い悪いはないんです。進め方によって、良くも悪くもなります。ですからひとつひとつのアイデアをもっと大事にしてほしいですね。アイデアの時点で諦めずに、熟成させて考えていく力を身につけてほしい。もちろん、すぐにそうなるには難しいですから、私たち教員のサポートは不可欠です。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
今、この秋に開催される芸術祭「神戸ビエンナーレ2011」の作品制作に取り組んでいるところです。この芸術祭自体、阪神淡路大震災からの復興後に始まったという経緯があるので、今回は、先の東日本大震災を受けて、神戸と被災地を結ぶワークショップをしようと進めています。震災を経験し復興を遂げた神戸の人たちと、今、復興しようと頑張っている被災地の人たちに、自分の手形に切り抜いたカラーシートにメッセージを書き込んでもらいます。それらを板などで制作した大きな樹に貼り付けていって、ハンドツリーを完成させます。やはり経験した人たちでないと語れない言葉がありますから、そういう意味で、このプロジェクトを通じて神戸と被災地の橋渡しができればと考えています。
こんなふうに私自身のテーマとしては、アイテムとしての作品やワークショップの活動を通して、人々がちょっとしたことに気づいたり、毎日を気持ち良く過ごせたりするような、少しでも明るい未来につながるものづくりを長くしていきたいと思っています。
[2011年7月取材]
■デザイン学部
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?次回は9月9日に配信予定です。
2011年8月12日掲出