「ハート+α」で心臓疾患などリスクの高い患者さんにも対応できる理学療法士を輩出したい!
医療保健学部 理学療法学科 高橋哲也 教授
理学療法の中でも心臓?呼吸器疾患のリハビリテーションを専門としている高橋先生。日本心臓リハビリテーション学会の副理事長を務め、心臓?呼吸器疾患患者さんへのリハビリの啓発活動や資格の認定講習会講師を担うなど、学外への情報発信も積極的に行い、この分野を牽引しています。今回は、そんな高橋先生の研究内容と教育への思いについて伺いました。
■先生のご研究について教えてください。
2つの研究テーマがあるのですが、ひとつは「心疾患患者の身体活動量に着目した新しいリハビリテーションプログラムの開発」というものです。
一般に、理学療法やリハビリテーション(以下リハビリ)と聞くと、脳卒中や交通事故の後遺症で手足が不自由になった方の機能を回復するトレーニングをするというイメージがあると思います。もちろん、日本のリハビリはそれらが主流ですが、実はそれだけではありません。日本は世界で唯一の超高齢社会で、高齢者率が増え続けていますが、それと同時に障害者の数も増えています。認定された障害者の方の中では手足に障害を持った肢体不自由の方が一番多いのですが、身体の中の病気、例えば心臓病や呼吸器の病気、腎臓病、C型肝炎などの肝臓疾患によって障害者認定を受けた、いわゆる内部障害の方たちのほうが増加率は多く、現在障害者全体の約1/3が内部障害の方です。私が専門としているのは、そういう目に見えない内蔵機能の障害である内部障害に対するリハビリの中でも特に心臓リハビリが専門になります。
私の研究で、具体的にどういう問題に着目しているのかというと、例えば心臓病の手術を受けた後は、しばらく安静にしますよね。その後、病院では、寝ているところから起きる、立つ、次は廊下まで歩く…というように、どこまで基本的な動作ができるかを、心臓への負担を確認しながら段階的に確認していきます。立って歩いても大丈夫、階段を上り下りしても大丈夫となって、退院に至るのです。これが従来から行われている運動負荷に対する心臓の反応を確認していくリハビリです。しかし、実際に入院中に心臓リハビリを受けた患者さんの声を聞くと、「早く動けるようになったけれども、どのぐらいの量、動いてもいいのかわからなかった、不安で退院した後にはあまり動いていない」という人は少なくありません。自分がもし心臓病で入院したとき、これまでのように段階的に運動負荷に対する心臓の反応を測られて、時期が来たので退院となっても、その翌日から入院前のように会社に行けるのかというと、そうではありませんよね。相手は心臓ですから、怖くて、なかなか動けない。実は、そういう人が少なくないのです。同じ病気で同じ手術を受けた方でも、ある人はリハビリを受けるうちに活動量が増えて、入院中も昼間は活動して、気持ちも落ち着いている。そういう方は帰宅しても安心して運動できます。一方、入院中、リハビリ以外の時間はまったく動かず、活動量が増えていないのに、立てる、歩けるということで退院となる人もいます。そうすると一見、どちらもリハビリがうまくいったように見えますが、後者の患者さんは帰宅しからも怖くて動けません。不安が強くて動けないと、どんどん活動量が減って、旅行にも行けない、買い物にも行けない、さらに進むとトイレにも行けないと、ますます悪くなる可能性があります。
これまでの段階的に運動負荷に対する心臓の反応を測り、時期が来たので退院というリハビリはあまりにも機械的で不親切だと思いましたので、私たちの研究プロジェクトでは、従来のように運動の強度だけを段階的に上げるだけではなく、「運動の量」を段階的に上げる方法を提案しようと研究しています。たとえば、手術後1週間では1000歩は歩けるようになってください、退院時には2000歩は歩けるようになってくださいと、強度と量を組み合わせた活動量で評価し、退院まで導きたいのです。今、全国にある代表的な循環器の病院の約8施設がに協力してくれていて、200~300人の患者さんの情報を集めているのですが、退院後も元気に活動できる方は、病院内で2000~3000歩は歩けているというデータが出ています。逆に不安を抱えている方は、2000歩も歩けないうちに退院を迎えるようです。ですから、今は何歩歩けたらどうなるかという“目安”を築いていこうと取り組んでいるところです。現在、その成果の一部を国際学会をはじめとした各種関連学会に発表していますので、もうしばらくしたら、一定の目安をお示しできるものと思います。
■では、2つ目の研究テーマは、どのようなものですか?
「重症患者の筋力低下予防」についての研究です。患者さんの中には病気の治療のために、長くベッドで横になっていて、安静にしていなければならない方も少なくありません。こうした重症患者さんは、ずっと安静にしているため、「良くなってきたのでリハビリを」となっても、すぐには動けません。現在でも、ゴムをつかんで引っ張ったり、重りを持ち上げたりと、ベッドの上で筋肉を維持するトレーニングは行われますが、それでもなかなか筋力の維持は難しいのです。最近では、電気刺激で筋肉を動かす装置を足にあてて、筋力低下を防ぐことも行われています。
そういう中で私が研究したのは、圧力調節ができる楕円型のボールです。これを寝ている患者さんの足元に置き、ボールが膨らんでいき患者さんの足を押します。すると足は自然とボールの膨らみに対して抵抗しようとします。さらに足の抵抗を感じるとボールはしぼむような仕掛けにしています。そんなふうに無意識のうちに患者さんが足に力を入れたり抜いたりできる、つまり断続的に足から刺激を加えられるボールを開発しました。今、某メーカーと実用化を目指しているところです。
Tetsuya Takahashi, Tatsunori Shitara, Megumi Kumamaru, Masanobu Taya, Hiroko Kazama, Jun-ichi Nishikawa, Harue Nakano, Masami Inokuma, Tomoyuki Morisawa, Sumio Yamada and Hikaru Matsuda. Application of a New Muscle Exercise Device using Intermittent Sole Pressure Stimulation. Journal of Physical Therapy Science, 2011; 23, 21-23.
■授業ではどのようなことを教えているのですか?
内部障害に関する授業がほとんどですね。例えば、2年生の「内部障害系理学療法評価学」では、まず、患者さんに触れる前にカルテからどういう情報を読み取るかということを教えています。同じ心臓病の人でも、比較的症状の軽い方もいれば、とても重い方もいます。それを判断するには、どの指標とどの検査結果を見なければならないか、ということを教えています。それから実際に患者さんに触れるときの評価方法も教えています。心電図や胸部X線写真の読み方、患者さんに触ったときに何がわかるか、冷たい?温かいということも心臓の良し悪しを反映しますし、手や顔がむくんでいるといったこともサインですから、それらを見逃さないように教えています。この授業で扱っているのは、いわゆる患者さんを触らせていただく以前のマナーや作法の部分です。患者さんを診る前にその人がどういう状態なのか、情報収集をしっかりするように指導しています。
また、私としては、どの授業も学生にできるだけ臨床の息吹や最先端のことを伝えられるようにしたいと思っています。医療分野は日進月歩です。4年前はこうだったという知識は通用しません。去年と今年で違っていることもあるくらいです。つまり私自身が今現在の患者さんを診て、今現在の病院で臨床の息吹を感じていないと、学生に今現在現場で行われている正しいことを伝えられないのです。教科書だけでなく、少しでも臨床を感じられるように、基礎はもちろんのこと最先端の臨床も教えるように心がけています。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
ひとつは、内部障害系、特に心臓病など医療依存度もリスクも高い患者さんのリハビリに対応できる人材を育てたいと思っています。理学療法の中心は、筋肉?骨関節?神経といった運動器系ですが、そこにプラスして内部障害系や重複したリスクを持つ障害の方に対応できるようになってほしいのです。また学生には、「誰か」ではなく「君でないと」と言ってもらえる理学療法士、あるいは医師から「君に任せるよ」と言ってもらえるようなスキルの高い理学療法士になってほしいと思っています。
もうひとつの展望は、医療保健学部をもっと地域に開かれた大学にしていくことです。例えば、蒲田や城南地区の理学療法士に、気軽に本学へ足を運んでもらい、教育に関わってもらえるようになればと願っています。また、病院施設では、あくまでも私的なアイデアですが、実習の受け入れ先やお世話になっている病院の方たちに本学の図書館を開放し、利用してもらえるようにして、お互いにメリットを共有できるようにしてはどうかと考えています。
やはり大学は知の拠点ですから、我々は地域へ貢献し、地域からは育ててもらえるようなネットワークをつくっていかなければなりません。今、実際に複数の病院の方たちと、そのネットワークづくりの話を進めているところです。
[2011年9月取材]
■医療保健学部 理学療法学科
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?次回は11月11日に配信予定です。
2011年10月14日掲出