古材を使った彫刻や家具を通して、日本に息づく木の文化を広く知ってもらいたい
デザイン学部 本郷 信二 准教授
古民家などから出る廃材を用いて、彫刻や家具を制作している本郷先生。企業時代は、店舗の照明計画を手がけていたことから、立体をより良く見せる空間演出にも長けています。今回は、先生の作品や本学での授業について、お話しいただきました。
■まずは、先生の作品について教えてください。
木材を使って、彫刻や家具をつくっています。元々は、自分の思いつくままに抽象的な木の彫刻をつくっていたのですが、制作を始めて10年ほど経ったときに、もう少し実用的な要素を取り入れてみようと思うようになって。彫刻と家具の要素が混在するようなものをつくっていこうと思い、今に至ります。最近の作品としては、例えば東京芸術大学の藝大茶会用につくった「渡空橋」という立礼棚(りゅうれいだな)があります。これは建築古材を使い、表面を漆で仕上げたもので、1ヵ月ほどかけてつくりました。
また、「子どものためのちいさな家具」という作品もあります。これも古い農家で使われていたケヤキの柱と梁を譲ってもらい、それを材料として制作しました。私自身、小さい子どもを持つ親なのですが、子どもって何でも触れたり口に入れたりしますよね? そういう触覚によって、感性が培われていくのだと思うんです。でも最近は、どうしてもプラスチックや樹脂でできたおもちゃや家具など、無機的なもので囲まれていることが当たり前になっています。ですから、そういう日常の中で少しでも木や自然の素材に触れることで、子どもたちの感性を豊かにできないだろうかという思いから、この作品を制作しました。手で触れて肌触りを確かめたり、匂いを嗅いだり、音を聞いたりと、五感を使って自分の中に良いものを取り入れてほしいと思って。普段の私の作品は、結構、角を残したものが多いのですが、このときは子ども用ということで角をできるだけ削って、子どもたちが思わず触れたくなるような家具に仕上げています。
■先生が木彫や家具制作の道を選んだきっかけとは何だったのですか?
私自身は美術大学の出身で、学生時代はデザイン科に所属していました。もともと絵を描いたり、ものをつくったりすることが好きだったので、美術大学に入学したんです。ところが入学前からきちんと、自分は何を勉強して、どういうことをしていこうといった将来の青写真が描けていなかったせいか、3年生くらいまで目標を見つけられないまま、ずっと悩んでいました。授業にもあまり出席せず、課題も提出しないから先生に叱られてばかり(笑)。とてもじゃないけど学生のお手本になれるような学生ではありませんでした。当然、自分でもこのままじゃいけないという思いはあって、もがいていたような感じですね。ところが大学3年生の夏から秋にかけて、授業で京都と奈良の寺社仏閣をめぐる研修旅行に参加したとき、転機を迎えたんです。東大寺の正倉院という1300年ほど前に建った木造建築物を見たとき、「これは一体何だ!?」と、腰を抜かすくらい驚いてしまいました。1300年も建っているようには思えないほど大きくて立派な建物が、今もここに建っているということにすごく感銘を受けたわけです。日本の木の文化ってすごいなぁと。そのときに、自分が潜在的に持っていたものなのかもしれませんが、なぜか「自分がこれからする仕事は“木"なのかも」と思ったんです。それから心を入れ替えて勉強を始めて、自分なりに木について研究し始めたというのがスタートでした。
■作品に古材を用いるようになったのも、古い建築物からの影響ですか?
実は建築古材を使うようになったのは、偶然なんです。森林問題や環境問題の影響もあって、新しい木は値段が高く、手に入れるのはなかなか大変です。特に学生時代は作品のために木を手に入れたいものの、それを買うお金がないというジレンマがありました。そんなとき、住んでいたアパートの向かいにあった古い一軒家が取り壊されていたんです。そこは古い民家だったので、かなり立派な柱や梁がありました。当時はそうした廃材を焼却処分にしたりチップにして埋めたりしていた時代だったので、譲ってもらえないかと掛け合ったら、すんなりいただけたんです。それ以来、新しい木ではなく、古い民家や農家から譲ってもらった古材や廃材を作品に使っています。格好良く言えば、廃材の有効活用とも言えますが、私の場合は自然とそういうことになっているという感じですね(笑)。
また、古材には新しい木にない魅力があります。新しい木は水分をすごく含んでいるので、建材や彫刻の材料に使うには、何年も時間をかけて、水分を抜く必要があります。一方、古材は何十年も住宅の材料として使われてきたので、水分は抜けきっています。加えて、昔の家には森の中でゆっくり育った、目の詰まった良質の木材が使われていますから、良い木を作品に使えるというメリットもあります。そういうことから、ずっと建築古材を用いています。
■では、授業ではどういうことを教えているのですか?
例えば1年生対象の「感性演習Ⅰ(つくる)」では、紙で立体の作品を考えるという課題に取り組んでもらっています。具体的には水棲生物をテーマに、紙を使った立体的な表現を試みてもらうという内容です。学生には、まず本学からほど近い「しながわ水族館」へ足を運んでもらいます。そこで自分の興味ある海の生物を決めて、それを観察したりスケッチしたり写真に撮ったりして、資料をつくってもらいます。その資料をもとに、作品を制作するという流れになります。制作に入る前に、学生には選んだモチーフをどういう表現で形にするかイメージスケッチを描いてもらっています。私たち教員はそのイメージスケッチを見て、形にするための技法をアドバイスしたり、一緒につくったりしていきます。また、学生には立体作品をつくって終わりではなく、作品をどういう空間に置いて、どういう光を当て、空間全体でどう演出するかというところまで考えてもらっています。
また、学生にはできるだけ能動的に作品づくりに取り組んでもらいたいので、あまり懇切丁寧に説明し過ぎないようにしています。それが私の教える上でのモットーですね。最初から方法を教えてしまうと、学生は自分の頭で考えることをしなくなってしまうかもしれません。自分の手を動かして、自分の頭で考えることが何より大事だと思っています。
■では学生には、将来、どういう人になってもらいたいですか? また、今後の展望もお聞かせください。
ひと口に言うのは難しいですが、自分が得意としていること、これなら誰にも負けないというものを持っていることは、すごく幸せなことだと思います。本学のデザイン学部の学生は、絵を描いたり、ものをつくったり、「これが好きだ」というものを持っています。ですから自分が持っている、そういう長所を大切にして、将来にわたって続けていける人になってほしいですね。そのためには、大学でどれだけ吸収できるかが大切になってきます。私自身、大学3年生のときに転機を迎えましたが、それまでに何もしていなかったというわけではなく、外に出ていろいろなものを見たり、自然の中に出かけたり、アンテナを張り巡らせ、何かきっかけを見つけようと行動はしていました。誰にでもチャンスはあると思うので、それを掴み取る準備を常にしていてほしいですね。
私自身の活動としては、今後も古民家から材料を譲ってもらい、作品づくりを続けていきます。それを発表することで、日本の素晴らしさや日本の木の文化を、海外も含めて広く認識してもらえたらと思っています。今は非常に合理的な世の中で、大量生産?大量消費の時代ですよね。車も携帯電話もデジタルカメラも、半年も経たないうちに新しいものが出てきて、使い捨てられていくような印象があります。私は、それをあまり良いことだとは思っていません。もっと長く、ずっと手入れをしながら一生使い続けることができるデザイン、そういうものに素晴らしさを感じています。世の中には、キッコーマンの卓上醤油さしやヤクルトの容器、コカコーラの瓶のように長年変わらず、ずっと愛されているデザインがあります。私もそんなふうに何十年、何百年と、かわいがってもらえるような作品をつくっていきたいと思っています。
■デザイン学部 本郷 信二 准教授個人ページ
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?次回は7月13日に配信予定です。