世界のさまざまな問題を解決するために、メディアに何ができるのか一緒に考えよう!
メディア学部 飯沼瑞穂 准教授
国際社会における教育や開発の問題を考察し、その解決にメディアやICTを役立てようと取り組んでいる飯沼先生。グローバルな研究テーマを扱うことから、研究室には国際色豊かな学生が集まっています。今回はそんな研究室の学生の取り組みについてお話しいただきました。
■先生の研究室では、どのようなことに取り組んでいるのですか?
「国際教育開発プロジェクト」と「ソーシャル?コンテンツ?デザイン」という2つの研究室を担当しています。その内、私が一人で指導しているのが「国際教育開発プロジェクト」で、「ソーシャル?コンテンツ?デザイン」のほうは、メディア学部の千代倉弘明先生や松橋崇史先生と一緒に進めさせて頂いています。これら2つの研究室に共通しているのは、どちらも社会を良くするために、どのようにメディアを活用するかということに重きを置いる点です。それをベースに「国際教育開発プロジェクト」では、国外に目を向け、識字率の低さや女子教育の遅れといった発展途上国が抱える問題など、グローバルな課題の解決のために、メディアにできることは何かというテーマで研究を進めています。学生は自分なりのテーマを見つけて、調査研究をしたりフィールドワークに出かけたり、コンテンツを制作するなど、さまざまな形でテーマにアプローチし、最終的な考察を卒業論文という形にまとめます。一方、「ソーシャル?コンテンツ?デザイン」では、高齢化社会や地域活性化など、国内の社会問題をテーマに、その問題を解決するためのコンテンツやシステムをつくるということに取り組んでいます。
「国際教育開発プロジェクト」の研究で言えば、例えば、昨年、ベトナムの識字教育のための幼児向けデジタル絵本の制作に取り組んだ例があります。3名の学生がチームを組んでベトナムの有名な物語のデジタル絵本をつくり、最終的に「Room to Read」という発展途上国に図書館を建設し支援するNGO団体の日本代表の方に評価を頂きました。また、食の安全をテーマに研究した学生もいます。この学生の場合、テーマ自体はグローバルな課題ですが、アウトプットとして神奈川県の食と農に関するデジタル教材をつくるということに取り組みました。神奈川県の農産物や農業の現状、県が取り組んでいることなどを学べるデジタル教材を制作し、神奈川県庁のブランド推進部の方に見ていただいたのです。結果、制作した教材を気に入って頂き、神奈川県下の全小学校に紹介してもらえました。
また今年度は、株式会社ワクワークイングリッシュという社会的企業の活動に、学生4名が携わることになっています。ワクワークイングリッシュは、フィリピンの貧困層の自立と成長を目的に、現地の貧しい人や孤児院で暮らす人たちのうち、意欲のある人に英語教授法のトレーニングを受けてもらい、スカイプを通じたマンツーマン英会話の講師として働いてもらうという事業を展開しています。研究室の学生は、ワクワークイングリッシュとのコラボレーションプロジェクトとして、夏休みの2週間、フィリピンのセブ島に行き、ひとりはワクワークイングリッシュのためのプロモーションビデオ制作、ひとりはテーマソング作成、ひとりは子どもたちにデザインを教え、もうひとりはリコーダーを使って音楽を教えるという企画を行います。
他にも、フィンランドはOECDの学習到達度調査(PISA)という学力テストの順位が非常に高いのですが、そこからなぜフィンランドの教育がそれほど優れているのかということに興味を持った学生が、OECDの図書館を使ってデータを集め、考察しようと取り組んでいるところです。また、ヨーロッパではフェアトレードがうまくいっているのに、なぜ日本にはフェアトレードが浸透しないのかという疑問から、さまざまな団体をまわったりシンポジウムに参加したりして話を聞き、その普及につながるようなメディアの活用方法を考えようと研究している学生もいます。
■卒業研究のテーマは、学生が自分たちで見つけてくるのでしょうか?
基本的には、国際教育や国際理解ということをテーマに、学生自身の疑問や興味から研究テーマを決めてもらっています。ただ「国際教育開発プロジェクト」では、研究室に所属する3年生後期から卒業研究が本格的にスタートする直前の、4年生の始めにかけて、輪読を行っているんですね。それを通して、まずは日本を含む、世界共通の課題にどんなものがあるかを知ってもらっています。例えば、子どもの教育や女子教育、健康面の問題やフェアトレード、貧困の撲滅といった国連の“ミレニアム開発目標”に関連する論文や書籍をみんなで読んだり、国際開発に関連するドキュメンタリー作品を見たりということもしています。そうした中から学生が気になった課題を自分で選び、4年生の5月末には卒業研究のテーマを決めてもらうという流れで進めています。
また、輪読やドキュメンタリー作品の視聴には、国際的な課題の現状を理解し、それに対する姿勢や視点を養ってもらうという狙いもあります。例えば、今まで世界の問題、特に開発においては、先進国が優れていて途上国が遅れているから、先進国が助けなければならないという図式だったのですが、今のようなグローバル社会では、必ずしもその図式が正しいとは言えなくなってきています。例えばブータンのように、いわゆる途上国の幸福度が高いことで注目されていますが、我々がそこから学ぶという場合もあるわけです。また、世界の問題は、実は私たちの生活に密接に関係していることばかりです。例えば、日本人の今の消費生活をほんの少し変えるだけで、アフリカのコーヒー農園で働く人たちの生活が、改善されることが実際にはあります。こんなふうに私たちの身近にある問題は、辿っていくと、世界共通の問題につながっています。そいうことも踏まえて、世界の問題を自分たちの足元からきちんと考えて理解し、市民が賢く生きていくことが、世界の問題の解決には不可欠だと学生に伝えています。
また、実際に支援活動をしている団体や社会起業家の方たちをゲストスピーカーとして招き、できる限り学生たちに接点を持つ機会を設けるようにもしています。図3そこからつながりを広げて、学生たちの持っているデジタルスキルや知識を活かしたアウトプットにつながるよう、サポートすることを心がけています。
■先生が国際教育や国際開発の問題に興味を持ったきっかけは何だったのですか?
もともと私はアメリカの大学で言語学を学んでいて、大学院に進学したのですが、在学中、大学の日本語クラスで日本語を教える経験をしたことから、世界の教育や世界の開発と教育の関係に興味を持つようになって。そこで博士課程から、現在の専門である国際教育開発に方向転換したのです。博士課程では、貧困街に暮らす黒人の子どもたちの教育をテーマに研究していました。というのも大学のあったニューヨークには、ハーレムと呼ばれる貧困層の街があったからです。当時は、コンピュータの普及率によって学力などの格差が出てきていると言われ始めていた頃だったのですが、ハーレムは全米でコンピュータの普及率が最も低い場所でした。そんな折、ハーレムに暮らす子どもたちにノートパソコンを支給し、家で使ってもらうというプログラムを公立の学校と企業が連携して進めていることを知り、その効果などを調査研究することにしたのです。この調査では、非常に面白い結果が得られました。パソコンを支給された子どもたちは中学生で、その使い方は学校で教わっています。検索やパワーポイントでの資料作成といったスキルは、学校のカリキュラムに組み込まれているので、自然と身につけられるんです。一方、その子たちの両親は黒人の低所得層の方たちで、メールもタイピングも検索も一切できません。そんな家庭に子どもがパソコンを持ち帰ると、どうなると思いますか?学校では生徒だった子が、家では先生に変身したのです。両親に使い方を教えてあげて、いつの間にかその子のパソコンが家庭の一台となるんですね。さらに面白いことに、いとこや親戚まで、パソコンを使いに来るようになって、その子は彼らにもパソコンの使い方を教えるようになりました。それはその子どもにとって、とても誇るべき経験なんです。また、このことがきっかけで、例えばお母さんが「やっぱりコンピュータは使えた方がいい」と正式に勉強しようと思うようになったり、いとこや親戚たちも、自分でちゃんと勉強して、自分のパソコンがほしいと思うようになったり、あるいはお父さんが「うちの子はコンピュータの天才だから、もっと勉強させてあげたい」と思うようになったなど、さまざまな変化が表われました。つまり、学校がパソコン支給という形で家庭に介入することで、コミュニティや家庭内の教育に役立つということが明らかになったわけです。この研究をきっかけに、私も教育とICTの関係に一層、興味を持つようになりました。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
私個人の研究としては、最近、もっぱら教育工学系の研究をしています。例えば、グループワークやアクティブラーニングといった協調学習を進めるために、ICTがどのように活用され、効果を生んでいるのかということを調査しています。これまでは協調学習を行う際、学生同士がディスカッションしていても、学習履歴が残らないため、教員がフェアに成績をつけられないという問題があり、なかなか協調学習が活用されませんでした。ところが最近はICTの進歩により、グループワークの管理が非常に簡単になってきています。例えば、学生たちにログイン名とパスワードを持たせ、システム上でグループワークを行うようにすれば、コンピュータで参加した履歴を確認できます。また、1枚の発表資料をつくるときも、バージョンが管理されているので、どの学生がどこまでつくったのか、全て確認できるんですね。そうすると、一人の学生だけがつくって、他の子は手伝わなかったというようなグループワーク特有の問題も、きちんと把握できるわけです。最近はこういう研究に力を入れてきたのですが、今後は、学内や教室内、学生に限らず、もっと広いコミュニティを対象に、ICTを含めた調査研究をしていきたいと考えています。
また、教育者という立場からは、学生が自分の強みや魅力を早い段階で見つけて、それに沿ったスキルが伸ばせる環境を選択し、自主的に自分自身をつくり上げていけるように指導したいと思っています。メディア学部が扱う学びの範囲は、ゲーム、映像、コンテンツ、音楽、ビジネス、ソーシャルなど、非常に幅広いですし、その分、個性的で素晴らしい先生方がたくさんいらっしゃいます。その環境をうまく活用すれば、大抵のしたいことは、実現できるはずです。まだ具体的な目標がない学生も、きっとしたいことや興味あることが見つかるはずですし、逆に入学前から目標を定めていた学生が学んでいくうちに、目標とは違った新しい興味と出合うチャンスに恵まれることも多いはずです。手前味噌ですが、自分次第で色々な面白い発見ができるメディア学部は、本当によい学部だと思うので、学生には、その環境を存分に自身の成長のために活かしてほしいですね。
■国際教育開発プロジェクト
/info/lab/project/media/dep.html?id=50
■ソーシャル?コンテンツ?デザイン
/info/lab/project/media/dep.html?id=72
■メディア学部WEB
/gakubu/media/index.html
?次回は10月11日に配信予定です。