「“人が楽しむ”とは何かを知り、コンピュータで人の心を豊かにするICTのプロを育てたい」
コンピュータサイエンス学部 松下 宗一郎 教授
コンピュータサイエンス学部では、これまでのコースを再編し、来年4月から新たな7コースでスタートを切ります。今回は、そのうちのひとつ「エンターテイメントコンピューティングコース」で学べることや、研究室の研究の進展について松下先生にお話しいただきました。
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■来年度から始まる「エンターテイメントコンピューティングコース」では、どんなことが学べるのですか?
まず、なぜ“エンターテイメントコンピューティングコース”と名付けたか、という部分からお話ししたいと思います。“エンターテイメント”と聞くと、どんなことを思い浮かべるでしょうか? 若い層では音楽やマンガ、アニメ、ゲーム、年齢が高い層では映画や演劇などが挙がるかと思います。ところで、英語の“entertainment”は本来、「人のことを思い、楽しませる」という意味の言葉です。ちなみに“entertain”は、「おもてなしをする」という動詞です。そして、“entertainment”の一番の特徴は、人間を相手にしているということです。つまり人を幸せにするものだと考えられます。このような視点から、「人のことを思う」ということをコンピュータが支える、つまりコンピュータがどれだけ人の心を豊かにし、幸せにできるかを考えましょうというのが、このコースの主旨なのです。そう考えると、このコースで学べることは、非常に広がります。当然、ゲームはその最たるものですが、それだけではありません。例えば、人工知能。今あるゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)は、何度話しかけても同じ返事しかしないものが多いですが、毎回違うことを話す人間臭いNPCがあってもいいですよね。そういう部分で、人工知能とゲームを結び付けることができます。また、人工知能の研究は、結局、人間を研究することですから、つまりはエンターテイメントなのです。そういう文脈でいくと、コンピュータの中で、最も人間と向き合っている場所を考える、ヒューマンインターフェースもエンターテイメントだと言えます。今、みなさんがパソコンを操作するとき、当たり前のようにマウスを使っていますが、マウスが誕生したのも、人を慮った(おもんばかった)結果なんですよ。キーボードで操作する面倒さがなく、クリックすれば選びたいところを選べる。それがインターフェースであり、エンターテイメントです。つまり、人のことを思ったシステムをつくるということは、人をエンターテイン(おもてなし)しているわけです。そういうことができる人には、就職の間口もうんと広がります。現に、このコースで想定している就職業種は、ゲーム制作、ソフトウェア開発、ハードウェアメーカー、インターネットサービス関連、Webコンテンツ制作、システムインテグレータ、デザイナー、研究者などです。「システムインテグレータ?」と思うかもしれませんが、お客様のことを考えて仕様を書くことは、立派なエンターテイメントコンピューティングです。
■カリキュラムは、どんな内容になるのでしょうか?
現状、「感性」「人工知能」「ゲーム」「ヒューマンインターフェース」の4本柱で進めていくつもりでいます。この4本柱で、人のことを思えるICTの技術者を養成していこうというわけです。例えば、今、考えている科目に「プロジェクト実習」があります。これは、3年生の中からメンバーを選抜し、1年かけて作品をつくるというものです。課題を出し、それに対してプロジェクトメンバーが思いついたアイデアを公表しあって、最後に投票します。その中から最も面白かったものをみんなで褒め讃えて、1年かけて制作するのです。実際、私が教えている「コンピュータゲーム基礎」という科目で学生を公募し、「加速度センサーでできるいたずらを100個考える」という課題に取り組んでみたところ、面白いアイデアがたくさん生まれました。そして、研究室のメンバーも交えた熱いバトルの結果、最優秀賞は「就職活動における面接ガクブル度モニター」に決定しました。これは、面接試験でどれだけガクガク、ブルブルしたかをセンサーで測るというものです。上位入賞は、「仮面ライダー変身ベルト」や「あなたの運転の粗さ診断センサー」でした。こんなふうに学生がアイデアをふり絞って、人の役に立つものをゼロからつくる科目を設けようと考えています。受講した学生は、人を楽しませるということが、いかに美しく素晴らしいことであるかを知る1年間になるでしょうね(笑)。というのも、普段ほとんどの人はコンシューマー(消費者)として生活していますから、自分が楽しむことはできても、人を楽しませる何かをゼロから造り出すことは難しいからです。だからこそ、4年制大学でそれに取り組んでもらいたい。今は、PS3やPSP 、Xboxなど、次世代ゲーム機で溢れている時代ですが、実は小さな加速度センサーとシンプルなマイクロコンピューターだけで、自分や人を楽しませるものはつくれるのです。ですから、本コースでは、CGやプログラミングを学べばOKというのではなく、より根源的な“人が楽しむ”という部分を掘り下げていきたいと考えています。そういうものを学生自身で考え、つくっていく中で、必要と感じたなら、英語も数学もプログラミングも何でも勉強してしまうはずです。つまり必要とわかってから身につけることで、学びがよりダイナミックなものへと変わります。そういった方針で、このコースのカリキュラム編成を進めていきたいと思っています。
■先生の研究室でも、加速度センサーを使った研究をされていますよね。
「Eモーションセンサー」(エモーションセンサーと発音)ですね。これから、その研究がどうなったかという話をしたいと思います。ほとんどゼロから出発した研究でしたが、その後様々な企業の方とタイアップして研究が進んでいます。前回の取材では、Eモーションセンサーで身体の揺れている度合い(止まっていられる度合)が、測定できるようになったとお話ししました。また460日間、私自身の身体の揺れを測り続けた結果、身体の揺れには、どうやらストレスが関係しているということもわかったわけです。ただ、そう言い切るには不十分だと思い、もう1年、揺れを測り続けました。結局850日間、測定し続けています。結論から言いますと、揺れを示すグラフは、昨年と全く同じ形になりました。今年も昨年同様、卒業研究発表の日と1年生600人の前でコース説明をした日、そして風邪をひいた日に、最も身体が揺れたのです。また、同時に血圧や心拍も測りましたが、特に揺れとは相関していないと言える結果になりました。つまり、これによりEモーションセンサーは、血圧計?心拍計に代わる新たな健康管理指標になったと言えます。今、被験者を23人にまで増やして実験を進めているところで、9月の学会で詳細を発表する予定です。
また、前回紹介したEモーションセンサーには、実はかなり致命的な弱点がありました。ヘッドフォンのかぶり方によって、揺れの数値が大きく異なっていたのです。かぶり方が浅いと頭から離れる分、より激しく揺れているということが原因でした。それを今回改善し、ほぼ完全にこの弱点を解消しました。現在最新の型番は、Ⅹ-12です。どう改善したかというと、加速度、つまり運動を測るのをやめて、縦?横?上下の回転を測定する、非常に小さなジャイロセンサーを採用したのです。それによって、かぶり方による数値の変化はなくなりました。また、このⅩ-12の精度を確認するため、Ⅹ-12に市販の3次元モーションキャプチャー装置を取り付け、身体の揺れを同時に測定したところ、実用上ほぼ誤差のないレベルだとわかりました。Eモーションセンサーは、いよいよ完成の域に入ったと言えます。そして今はⅩ-0(初代ガンダマイザー)以来となる高速ワイヤレス通信モジュールを搭載したⅩ-13の開発に着手しています。更にはⅩ-12では大きすぎるので、マッチ箱サイズにし、そこに電池やセンサーなどすべてが収まるようにします。そうすると、両手首、両足首にも簡単に取り付けられますよね。つまり、いたずらの幅が、さらに広がるというわけです(笑)。
■今後の展望をお聞かせください。
「しまった! こんな面白いものがあったのか!」と思わせるゲームを世に出したいですね。私は昔、『ウィザードリィ』というRPGの原典といえるゲームに衝撃を受けました。今から考えると劇的にしょぼいのですが、当時の衝撃は絶対に消えません。それが単に“珍しかったから”という理由でないことは、自分でもわかっています。本当にすごかったんです。そういうものをつくってみたい。これまでEモーションセンサーなど数々の研究開発で、技術を磨いてきました。それは実は、アイデアが降ってきたら瞬時に、その制作に取りかかれるようにするためだったのです。というわけで、すでに制作は始まっています。高性能?高画質というものではなく、誰にでもできそうなことで、見たこともない面白さを持ったもの、まさに「しまった!」と衝撃が走るゲームをいずれ披露したいと思います!
[2011年6月取材]
■CSエンターテイメント研究室(松下研究室)
/info/lab/project/com/dep.html?id=147
■CSエンターテイメント研究室
http://www2.teu.ac.jp/kougi/hp146/index.html
?次回は8月12日に配信予定です。
2011年7月8日掲出