CG/映像技術の未来を見すえて
■CGや映像の制作手法は、絶えず進化している
近年、ロケーション撮影やミニチュアによる特撮ではなく、3DCGを用いた広領域な背景を表現するコンテンツが多くなっています。実写ではなく3DCGを用いる利点は、大きな世界観を持つコンテンツの場合でもビジュアル化が可能である点が挙げられますが、その一方でどうしても必要となるCGモデルの物量とクオリティの確保、および膨大に膨れ上がる制作パイプラインの管理などが課題として挙げられます。特に、背景に登場する都会の街並みや複雑なビル群などを全て手作業でモデリングし、それを一つ一つ配置していったのでは非常に手間も時間もかかり、制作コストへの影響は多大なものとなります。
そこで、都市景観やビル群、建築物などの生成規則をルールとしてまとめ、パラメータ制御などによってモデルを半自動的に生成してしまうプロシージャルモデリングという手法が多くみられるようになっています。
コンテンツ制作にプロシージャル手法を取り入れる利点としては、コンテンツの圧縮と拡張、手間の削減、詳細度の制御、およびコンテンツの再利用などが挙げられます。我々の研究室では、江戸時代など昔の街並みをプロシージャルに生成する「バーチャルセット」の開発や、CGで食べ物をプロシージャルに再現する「デジタルフード」の開発に取り組んでいます。
また、近年では撮影機材の高性能化も目覚ましく、ストリーミング動画でも4K、8Kでの動画が閲覧可能になってくるなど、実写映像の高解像度化?高精細化が加速度的に進んでいます。そのような中で我々の研究室では、360度撮影可能なカメラを使用して撮影した「360度動画」の研究も進めています。
■コンピュータの性能向上とともに発展してきたCG
メディア学部が設立された1999年頃と言えば、映画「タイタニック(Titanic)」が1997年に公開になり、2000年には家庭用ゲーム機「Play Station 2」(ソニー?コンピュータエンタテインメント、現ソニー?インタラクティブエンタテインメント)が発売されるなど、CGによって製作された映像がエンタテインメントコンテンツとして商用レベルで普及してきた年代です。
商用コンテンツでCG映像が使われ始めたのは、1990年代前半だと言えるでしょう。それまではコンピュータの性能がまだまだ不十分であったため、現在のCG技術の基盤となっているようなアルゴリズム(ローテク)でさえも計算に非常に長い時間を必要としました。この時代は、可能な限り単純なアルゴリズムによって計算コストを減らしながらも、画像や映像の質を向上させるような技術が開発されます。この時代に開発された技術がいまのCGを支える基盤技術となっています。
その後、コンピュータの性能が飛躍的に向上し、CGが商用コンテンツでも頻繁に利用され普及するようになると、CG技術も目まぐるしい発展を遂げます。レイトレーシング、ラジオシティに代表されるようなレンダリング技術はその後、PBR(Physical Based Rendering)と呼ばれる光の反射、屈折、散乱、および吸収など物理現象としての光学現象を厳密な数式を用いてモデル化したレンダリング手法が主流となります。また、運動シミュレーション技術においても、物理法則に則った数値解析によって映像化する技術が数多く発表され、複雑な現象を大規模かつ高速に計算ができるようになりました。
さらに、アルゴリズム型の技術開発だけでなく、性能が飛躍的に向上した各種のハードウェア(コンピュータやセンシング機器)を利用した「パワーシミュレーション」系の技術も目まぐるしい発展を遂げました。その例が、モーションキャプチャやLightstage、Googleのストリートビュー、360度カメラなどです。これらは、世界のすべてをバーチャル空間内に取り込んでしまうかのような勢いで現在でも発展進行形です。
近年、ゲームなどで必要とされる「リアルタイムシミュレーション」においては、物理法則をある程度無視しながらもリアルな運動を計算可能とする「PBD(Position Based Dynamics)」と呼ばれる技術が開発されています。これは、運動をニュートンの運動の第二法則に則って計算するのではなく、物体の位置情報だけに着目し、それを更新することによって再現するという手法です。
CG映像コンテンツは映像の4K?8K化が進んでいく将来、ますます高解像度化?高精細化が求められるようになります。そこで、高速かつリアリティのある映像を生み出すCG技術は社会基盤として必要不可欠なものとなりますので、これからも日々研究されていくことでしょう。?
■AIが広げるCGの可能性と重要性
現在、さまざまな分野で応用が広がっている「AI」ですが、CG技術への活用もますます拡大していくだろうと予想されます。例えば、ゲーム会社やCG映像プロダクションを中心に、モーションキャプチャシステムを利用して取得したモーションデータに対して、AIを活用してデータの修正を行うポスト処理技術が開発されています。モーションキャプチャを使用した映像コンテンツは映画やゲームなどだけに留まらず、いまではV-Tuberのようなキャラクタでも使用されています。AIによるリアルタイムでのモーションデータ修正が可能となれば、よりキャラクタの特徴を盛り込んだ、単純に“リアル”というだけではないモーションの生成が可能となるかもしれません。
また、運動シミュレーションの分野では、弾性体(ソフトボディ)と流体の相互作用などを解く、いわゆる「連成問題」を数値解析する研究が盛んに行われています。例えば、水中で発生する泡の運動は、泡自体が水流の影響を受けますし、水流も泡の運動や体積の影響を受けます。このような問題を解く際に、これまで水流をシミュレーションするために開発されたFLIPのような技術と、気体をシミュレーションするためのグリッドベースのアルゴリズムだけでは解くことができません。そのため、気―液混合流の連成問題をシミュレーションするための新しい技術が必要となってくるわけです。
さらに、CGを用いた「データの可視化」分野においては、「ビッグデータ」の解析の重要性や必要性が叫ばれる昨今、データアナリストを支援する技術としてCGはその重要性を上げていくことと思います。
■高校生の皆さんへ
上記のように、CG映像は今後ますます高解像度化?高精細化が求められるようになりながら、さらに複雑な現象をも高速に再現する必要が出てくるでしょう。コンテンツ分野の世の中の流れは速いですし、新しい技術や新しいデバイスは日進月歩で開発?発展しています。常に新しいことを吸収しようとする好奇心と、自ら広く世の中の情報をキャッチするためにアンテナを張る努力を怠らないようにし、新しい技術をすぐに自分のモノにできるようにするために、今できる勉学にしっかり取り組んでおきましょう。どんなに新しい技術でも、ベースにあるのは基礎的な学問です。
このWebページでは、メディアコンテンツコースの菊池先生にお話をうかがいました。
教員プロフィール
メディアコンテンツコース 菊池 司 教授
■岩手大学大学院工学研究科 電子情報工学専攻 博士後期課程修了。博士(工学)学位を取得。拓殖大学工学部工業デザイン学科(現デザイン学科)助手を経て、2014年東京工科大学メディア学部に着任。自然現象のビジュアルシミュレーション、プロシージャルアニメーション、およびプロシージャルモデリングに関する研究に取り組む。現在、「視覚情報デザイン入門」、「CG制作の基礎」、「先端メディア学?ゼミナール(先端Procedural Animation)」などを担当している。
「私は、幼い頃から父親がよく映画館に連れて行ってくれた影響からか、テレビや映画を観ることが大好きな子どもでした。高校を卒業して入学した岩手大学工学部(現理工学部)情報工学科には、日本におけるCG研究の第一人者でいらっしゃる千葉則茂教授の研究室がありました。大学1年次の授業で、千葉先生の研究室の成果を見る機会があり、そのとき『コンピュータでこのような映像が作り出せるのか!』と衝撃を覚えたことが、現在に至るCGへの興味の出発点になりました。」